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スラタニー













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お金持ち華僑の家庭内の悩みとは、、、ไม่เป็นไร
アメリカやカナダ移住の華僑で有名な華僑と言えば、
広東人、福建人、それに台湾人。そして、近年では
上海人や北京人が年々増えているようだ。
それが、東南アジアでは地域によって若干異なる。
シンガポール、マレーシアでは、一番多い華僑が
福建人。次に、広東省北部の潮州人、南部の
広州人、海南人、客家人の順で、現在は、
中国大陸の東北人もちらほら増え始めている。
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台湾人は、言語的には福建省南部の言葉と同様の言語を
使用するので、シンガポール、マレーシアでは意思疎通に
問題ないが、シンガポールは国が小さすぎるのと、
商売上、大きなビジネスを起こすのに資本金が結構高い上に、
もはや先進国レベルの当国では、ニナ・リッチビジネスを
探すのも容易ではないと言う。
また、マレーシアはモスリム国家で、
台湾人的にはあまり興味がないのだろう。
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面接で合格した後、社長室に呼ばれ、
アジア全体の地図を指して、近い将来
アジアの中心は上海、東南アジアの
中心はタイ・バンコクになるだろうと言われた。
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ここタイでは、圧倒的に経済・政治で実権を握っているのが潮州人、
そして、次に台湾人、客家人、海南人、広州人、雲南人と
なっているようで、台湾華僑ビジネスマンである人は中国大陸に
目を向け、ある人はタイ、またはベトナムに目を向けている。
それから、よく広東語、広東語と言うが、実際は潮州語と広州語に
分かれていて、香港人が使う言葉は広州語になり、タイ華僑の
潮州人が使う言葉は潮州語で、その言葉の違いは、英語と
フランス語ぐらいの違いか、それ以上違うらしく、広州人と
潮州人では全く言葉が通じないそうだ。
(東南アジアの旅行会話とか言った本で、6言語でたいていの
所は、英語、日本語、マンダリン、マレー語、タイ語、広東語の
6つとして出版されているが、実際は広東語ではなく、
当地の華僑社会では、福建語、或いはタイでは潮州語なの方が
主流なのだ。)
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それが、台湾語は福建省南部の言葉と
同様で、 広東省北部の潮州語に近い
言語なので、台湾華僑はタイ移住後、
潮州語の習得が比較的
容易なのかもしれない。 |
タイでビジネスを興すには、最低資本金が二百万バーツ、
日本円で約600万円程度で、保証人に潮州人を立てることが
多いようだ。
タイの潮州華僑の特徴は、「拾金不昧」の模範の中国人
の例えで、呼んで字の如し、「拾ったお金を誤魔化さない、
あいまいにしない」の精神で、信用を重んじながら、
タイ社会にも順応していった。と言うよりも、
そうせざるを得なかった中、タイ経済の中心を
支えるまでになった強さがあるのだ。
前置きが長くなったが、勤務先の社長は、台湾華僑で、
会長と言うより保証人は潮州人のおじいちゃんだ。
1978年会社設立で、製粉関連の
当業界ではタイ国内でビック3、
また、食品関連でカテゴリーを絞ると
直ぐにばれそうなぐらいある部門 (タイ人で、またタイ在住の
日本人で知らない人はいない)で
ナンバー2のシェアを誇り、
全部で7社ほど会社を持つ実業家だ。 |
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ただ、社長には男兄弟がいて、三男は現工場長(いつ
行ってもパソコンでポーカー・ゲームをしている)だが、
1年ほど前まで居た次男(当時の工場長)は社長と
喧嘩別れして、製粉関連の会社を興しているのだ。
会社にも徐々に慣れ、お客さんから質問があった。
「なぜ、御社はISOを取得しないのか?」と、、、
専務に聞いたところ、叔父さん
(社長の弟)が「ISOなんぞ
ペーパー・ドライバーみたいなもので、 あれがあったからと言って何の
メリットもない。」と言って、在職中は そのアクションを全く起こさず、
自身で会社設立後、半年でISOを
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取得し、且つ、日本向け製粉ではタイ国内で一番安く
販売しているとの事で、筋書きまできちんと考えて会社を辞め、
現在に至るという事だ。 |
それ故に、専務も「まあ、騙される方にも落ち度がある
わけなので、、、ただ、ISOはまだ先になるが、セールスに
関しては、叔父さんに負けたくないし、社長を僕と一緒に
立てて頑張ってくれないか。」と、、、
社長の長男の専務は、兎に角、根っからの仕事人で、
実質社長は経営トップで有り、専務が業務上のトップで、
朝から晩まで昼休みも仕事をしていて、また、月の半分は
中国や東南アジア、アメリカへの出張だ。
それに対して、次男の常務には驚いた。 初対面で会った時、見かけと言い流暢な
英語と言い、格好いいなあ、仕事が
出来るんだろうなあと思ったが、
その後、会社で見かけず、2週間後、
見た時には、顔がこんがり日焼けしていた。
一体、何処に行ったのか、誰も知らない。 |

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長男が高校生の頃、台湾からタイに移住してきて、
その当時は会社も資金繰りがきつく、大学進学をあきらめ、
1年間アメリカでバイトをしながら語学学校、その後
1年間、今度は、日本は東京で、、、初めて貰ったバイト代で、
パチンコ屋に行って、勝ったのはいいが、ボールペンを貰って、
当時、日本語が出来ずどうしたらいいか解らなかったそうだ。
次男(常務)の高校生の頃には、会社も
右肩上がりでの利益が出だし、UCLAに
留学。
4年後、日本の大手商社に入るものの、
日本社会について行けず、2か月でリタイア。
その後、タイ帰国、現在に至る。 |
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接待で、日本人と中国人のお客さんと高級クラブに行った時も、
専務は会食の時からずっとお客さんに気を使って、
おしぼりを取ってあげたり、中華料理では小皿に日本人の好み、
中国人の好みと若干違う事を考慮して、とってあげる料理にも
神経を使い、ある時は、日本留学時代の失敗談、ある時は、
中国人に突っ込んだりして話を盛り上げていたが、
常務はアメリカの話ばかりでとどめは、クラブでは
お客さんに負けんとばかり、店外デート、、、、
専務は、営業、仕入、工場管理、品質管理、それに総務の
事まで、、、本当、大忙しである。
でも、人に対して優しく、自分に厳しい。
だから、会社で専務の事を悪く言う人はいない。
長男か次男でなくて、その時の家庭内の
経済環境、その後、勉強した土地、
社長曰く、次男も長男と同じ1年アメリカ、
1年日本、いや、性格的にも日本で
最初から勉強させておけばよかったと、、、
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お金持ちの華僑の家庭にも悩みがあるようだ、、、
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