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印通寺浦 碧雲荘
若かりし頃、単身で朝鮮半島に渡りその後、日本一の大地主になった熊本利平が昭和
一六年に故郷の壱岐の島の石田町印通寺浦に住居とした建てたもの。
熊本利平は、慶應義塾中退後、同じ壱岐出身で義兄でもある松永安左エ門が経営する神戸の
福松商会にいました。
その後、朝鮮半島に渡り、松永を介して日本の財界人から資金援助を受け、その資金を
元手に、朝鮮の土地を約4,000町歩買い占め、農場を経営し、莫大な財産を築きました。
終戦後には地元の港や小学校周辺の整備のために費用を寄与し、また、今の玉川学園大学を
寄与したのも氏である。
※木浦・群山(韓国) 哀愁を帯びた面影の町・・・熊本利平翁旧宅の紹介
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